O2観察記

何でも略せばいいってもんじゃねーぞ

ROM鏡

花の都、おーぷん2ch

条坊制型のこの都では各区画ごとに数多の住民らが日々の生活を営んでいる。

西に諍いが起これば削除人が駆けつけ、東に祭りが催されれば都民はこぞって見物に向かう。北には運営のおはします百敷の大宮があり、南には盛大な門が天に伸びこれを羅城門という。

外交使節たるまとめ民らの送迎に際し頻繁に活用されており、またその装飾の荘厳華麗さたるや、当のまとめ民らの感興をも刺激する所となり、洛中への恒久的な滞在を請う者もしばしば現れる。その都度、我らは我らのスローガンであるあの「まとめ民とおまいらが作る――新しい2ちゃんねるが始まるよ」を声高らかに謳い上げるのである。懇願の緊張は一瞬にして溶け去り、哀訴の場は忽ちにして歓喜の招宴へと変貌する。

永久の友よ、もはや君の過去の一切は我らと無関係のものではない、すべてはこの時この場所で、こうして我らと久遠の友の契りを結ぶためにあったのだから……。

宴も名残、夜も名残。この世にてはついぞ忘れ得ぬ、今宵生まれし思い出の数々。滔々たる慶びの涙が我らの頬を伝いゆくが、しかしそろそろ家路につかねばならない。別れを惜しみながら我々は離れてゆく。友には一つの邸宅があてがわれるそうだ。場所は知らないが、きっと良い場所であろう、なにせ運営のはからいなのだから。

 

いっぽうそのころ、その「友」は案内にしたがって歩を進めていた。

大路から小路にそれからまた小路に入り、いったいどのぐらい歩いただろうか、頼りになるのは案内人の松明だけ、寂寂と照らし出される辺りの光景は自分が知る花の都のそれではない。見窄らしい茅葺きの家屋が軒を並べ、そこからは人の話し声が常に漏れ聞こえてきていて、そして最も異質なのは大人の身長ほどの高さの立て札が道の両側に点在していることだ。それらは闇に紛れてしまっていて内容がわからない。案内人は足早に進み続けており、なにやら立ち止まることを良しとしないふうだ。いったいどういうことなのか……。

彼の首元が時々きらめくのは彼が汗を滲ませているからなのだと私が気づいたとき、それは同時に彼の歩みがぴたりと止まったことを意味した。

どうか、しましたか。私は訊く。はい……と彼は言葉を詰まらせる。無言のまま彼は自身の持つ松明のほうに視線を向けた、そこには立て札があった。どうやら私にこれを見ろと言っているようだ。どれどれ、と私は内容を伺う。何が書いてあるのやら……。

馴れ合うな殺伐としろ

 ……?どういうことだろう。花の都の人々はみな優しく陽気なのだと、私はさきほどの宴に咲き満ちていた笑顔によって知った。これとそれとはあまりに乖離してはいないか。私が少し困惑しているなか、彼は震えた声で何かを言った、私は立て札の文言に気を取られていて、その何かをはっきりと認識するのには多少の時間が掛かった、そしてそれはどういうことなのですかと彼の方を伺ったとき、すでに彼の姿はなかった。足音もなく、忽然と消えてしまっていた。あたりから温かい光が失われ、か細い月光だけが残される。

――ここがあなたの御宅です、今後はここでお過ごしください。

彼の言葉は浮遊しつづけている。これにもやはり現実味がない。私は青白い光で何度も立て札の文言をたしかめてみた。藁にもすがるような思いだった。

馴れ合うな殺伐としろ

馴れ合うな殺伐としろ

馴れ合うな殺伐としろ

 馴れ合うな殺伐としろ

しかし何度たしかめてみても、文言はそのままだ。
もしかするとこの家特有の屋号かもしれない。そんな想像で逡巡を打ち消しながら、私は家の門をくぐった。明日の朝になったら事情を役人に問おう、今日はここで夜を明かすしかない、と思いながら、一足ずつ丁寧に歩く。

どこからともなく話し声がする。この家にはすでに誰かが住んでいるらしい、それも声の数からして一人二人ではない、七八人は居るだろう。私は間借りすることになるのだろうか。この都の人はみな優しいから、窮屈さこそあれ、不快感を覚えたりするなんてことはないだろうが、しかし、あの立て札の文言――「馴れ合うな、殺伐としろ」――は、私を十分に怖気づかせた。思えばこれはこの都のスローガンという「まとめ民とおまいらが作る――新しい2ちゃんねるが始まるよ」とはまったくもって真逆だ。「おまいら」などという言葉をこの家で使ってしまえば最後、生きて帰れないのではないか。

そんな不安を抱きながら私は進んだ。砂利を踏み分け踏み分け、話し声のするほうに寄っていく。

角を曲がると開けた場所に出た。どうやらここが庭のようだ。簾から明かりが漏れ出ている。人影もいくつか揺らめいていて、もうその話し声もはっきりと聞こえてくる。ずいぶん賑やかだ。私はそこへ向かって、戦々恐々としながらも問いかけてみた。

すみません、すこしよろしいでしょうか。

瞬間、簾越しの声が止まる。

すみません、ここに越してきたものなのですが。

私は沈黙を嫌って言葉を続けた。うってかわって密やかな話し声が一言二言聞こえ、少しして、何やらもぞもぞと一つの人影が揺らぎ始めた。がばりと簾が上がる。

やあ、とその男は言った。表情は逆光のため分からない。私はそれに会釈で応える。

ちょうど良かった、今話し始めたところなんです。どうぞこちらへ、さあ、どうぞ。

何のことやら私にはわからなかったが、少なくとも歓迎はしてくれているようだ。私は胸を撫で下ろしながら、彼が示すままに簾をくぐる。

中では八人の男たちが円居していた。その視線がすべて私に注がれる。またも私は笑みをうかべて頭を下げ、そして言う。

ここにご厄介になるはずの者です、どうぞこれからよろしくおねがいします。

すると男たちは互いに顔を見合わせ、堰を切ったように笑い始めた。あははは、はははは。私は呆気にとられてしまってものも言えない。涙を浮かべて笑っている者も居るようだ。うち二人に至っては何か異様な言葉を発しながら表情を喜悦に歪めている――あふりか、あふりか、と彼らは言っているのだろうか。よく分からない。長い長い十数秒が過ぎて、彼らはようやく笑い止んだ。なおも顔は緩んでいるが、しかし唯一の救いは彼らのそれに私を嘲笑している雰囲気が感じられなかったことだ。

目元を拭いながら、ひとりの男が言う。

もうコテになりたいとは、あなたも尋常でない性分をしていらっしゃる。

その声色がどこか憂いを帯びているように思えたのは私の気のせいだろうか。

また同じ男が続ける。

それならなおさら我らの話を聞かねばならないでしょうね。今夜は長くなるでしょうなあ――。

すると彼らはさっと体を外側に開き、私を円の中に迎え入れた。中心には灯火が揺らめいている。その揺らめきが私には非常に頼もしく思えてしかたがなかった。